糖鎖構造

糖鎖は単糖が鎖状につながった生体分子で、生体内ではタンパク質や脂質に結合して存在しています(図 1)。真核生物のタンパク質の約 50%、特に膜タンパク質ではそのほとんどに糖鎖が結合していることが知られています。また、膜タンパク質に結合した糖鎖は細胞間の情報伝達やウイルス感染などの病気と密接に関わっていることが分かっています。そのため、糖鎖の機能や病気に関係する構造を正確に同定することができれば、生命現象の理解が進み、医療や創薬にも役立つと考えられます。

一方、糖鎖は枝分かれ構造をとり、異性体も多く存在することから、正確な構造解析は困難です。イオンモビリティー質量分析法(IM-MS)は、生体分子をその形状(衝突断面積)に基づいて同定する技術で、近年の高感度技術を用いれば、微細な立体配座の違いで糖鎖異性体を分離できるとして注目を集めています。しかし、糖鎖が複数の安定構造をとるため、衝突断面積の解釈を難しくしています。

我々は、10 種類のピリジルアミノ化 N 型分岐型糖鎖に着目し(図 2(a)左)、分子動力学(MD)計算により立体構造アンサンブルから衝突断面積を予測することを考えました。これまで衝突断面積から立体構造を予測した例はありますが、立体構造から出発して衝突断面積を予測した例はありません。効率のよい構造探索アルゴリズムであるレプリカ交換 MD 法を用いて、立体構造アンサンブルを高い信頼性で計算することで、定量的な予測を可能にしました。立体構造アンサンブルのクラスタ解析により代表構造と存在比を割り出し、それぞれについてMOBCAL 計算で衝突断面積を計算した結果は、計算値と実験値の相関係数 0.9 を実現しました(図 2(a)右)。

構造解析の結果、気相での N 型糖鎖は、プロトン化状態(水素イオンが付加した状態)と分岐鎖の長さに応じて特徴的な折り畳み構造をとっていることが分かりました(図 2(b))。「α1-6アーム」が折れ曲がった「バックフォールド」構造は大きな衝突断面積を示す一方、全ての分岐鎖が寄り集まった「球状」構造では衝突断面積が著しく小さくなることが分かりました(図2(c))。ほとんどの糖鎖で、一つの安定構造が支配的になっており、衝突断面積が折り畳み構造の特徴を反映していることが示されました。

本成果は、IM-MS データの解釈を容易にするだけでなく、新しい糖鎖の IM-MS 測定を MD計算と MOBCAL 計算から予測できることを示しています。今後、ab initio MD 計算と組み合わせるなどすれば、プロトン化状態の変化を含めた高精度予測も可能になります。また、MD計算と IM-MS の連携により、今後、生体内の機能糖鎖の同定が大きく進展すると期待できます。

図1: N型糖鎖の構造

図1: N型糖鎖の構造

タンパク質のアスパラギン(Asn)の側鎖に結合する分岐型糖鎖。β1-4 結合したアセチルグルコサミン二量体(キトビオース)とマンノース三量体からなる共通コア構造(トリマンノシルコア)を持つ。

図2: 10種のピリジルアミノ化N型分岐型糖鎖の衝突断面積と折り畳み構造。(a) 10 種類のピリジルアミノ化 N 型分岐型糖鎖の構造(左)と計算された衝突断面積の値(右)。α1-3 アームにプロトン(水素イオン)が付加した状態(P3)とα1-6 アームにプロトンが付加した状態(P6)について、それぞれ衝突断面積を計算した。計算値と実験値の相関係数は 0.9 となった。(b) 特徴的な折り畳み構造。α1-6 アームが折れ曲がったバックフォールド構造(右、G1(6))と全ての分岐鎖が寄り集まった球状構造(左、G1(3))。右が大きな衝突断面積を示すのに対し、左の衝突断面積は著しく小さい。(c) 計算された衝突断面積の分布の例。α1-6 アームが長い糖鎖(上、G1(6))は、α1-3 アームが長い糖鎖(下、G1(3))に比べて、衝突断面積が大きくなっている。

図2: 10種のピリジルアミノ化N型分岐型糖鎖の衝突断面積と折り畳み構造。(a) 10 種類のピリジルアミノ化 N 型分岐型糖鎖の構造(左)と計算された衝突断面積の値(右)。α1-3 アームにプロトン(水素イオン)が付加した状態(P3)とα1-6 アームにプロトンが付加した状態(P6)について、それぞれ衝突断面積を計算した。計算値と実験値の相関係数は 0.9 となった。(b) 特徴的な折り畳み構造。α1-6 アームが折れ曲がったバックフォールド構造(右、G1(6))と全ての分岐鎖が寄り集まった球状構造(左、G1(3))。右が大きな衝突断面積を示すのに対し、左の衝突断面積は著しく小さい。(c) 計算された衝突断面積の分布の例。α1-6 アームが長い糖鎖(上、G1(6))は、α1-3 アームが長い糖鎖(下、G1(3))に比べて、衝突断面積が大きくなっている。

参考文献

Re, A., Watabe, S., Nishima, W., Muneyuki, E., Yamaguchi, Y., MacKerell Jr., A. D., Sugita, Y. Sci. Rep. 8, 1644 (2018). https://doi.org/10.1038/s41598-018-20012-0

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